─ 食パン咥えた平沢唯を白川通りで待った日々 。

目次

  1. 2次元への扉
  2. 聖地巡礼による現実逃避
  3. 俗世への復帰
  4. 京都秘封ランドスケープ発足

そういえば、入学式の時もこの道を走った
なにかしなきゃって思いながら
なにをすればいいんだろうって思いながら
このまま
大人になっちゃうのかなって思いながら
        ─ アニメ「けいおん!」 #12 より

#2次元への扉

「けいおん!」は自分が初めて聖地巡礼を行ったアニメである。
それは2009年4月の出来事だった。
当時はまだ聖地巡礼という行為の認知度も低く、「らき☆すた」の舞台になった神社にオタクが集まってきて絵馬が凄いとか、そんなことをちらほらネットで見る程度だったように記憶している。

そんなけいおん!の1話初見時のOP映像。
そこには赤レンガの階段を駆け下りるシーンがあって、初めてそのシーンを見たとき「あれ?」と思った。
その場所に見覚えがあったのだ。

僕が受験に行って落ちた大学、京都造形芸術大学の景色にそっくりだった。

あまりにそっくりだった。
似ているなんてレベルではない。
まるでそこを描いているみたいだった。
「そこを描いている」
……もしかして。

その可能性に気づいた瞬間、僕は世紀の大発見をしたような気分になった。

「アニメに映った風景の場所が自分の知っている場所かもしれない」
そんなこと、聖地化が当たり前の現代では別に珍しいことでもなんでもないのだけれど、当時の自分にとってそれはなにかとてつもなく凄いことのように思えて、
例えるならジョニー・デップが「やあ元気? 遊びに来たよ」って感じで家を訪ねてきたぐらいの衝撃だった。
いや、けっして大袈裟には言っていない。
だって、別次元だと思っていたアニメの景色が現実に手の届くところにあるのだ。
そんな次元を超越する可能性を目の前にして、冷静でいられるはずがなかった。

翌朝、僕はそのOPシーンをガラケーで写メって、それを片手に現地と思われる大学に始発で向かった。受験以来2度目の訪問だった。
疑念を確信に変えるために期待に胸を膨らませながらバスで1時間弱揺られ到着すると、
それは思ったとおり背景画と完全に一致していた。

……2次元への入り口だ。

2次元への入り口を見つけてしまった。

この大発見をいろんな人に伝えたいと思い、とりあえず帰宅してPCの電源を入れた。するとけいおん!聖地考察まとめwikiのようなものがネット上では既に作られ始めていたのだった。

ー ぶらり聖地巡礼の旅 けいおん!

(http://www1.kcn.ne.jp/)

そもそも直接赴く前にまずはネットで検索とかすればよかっただろうに、そのことが頭に浮かばないくらいに興奮していたのだった。
子供だった自分は最初、この大発見を自分だけが気づいた事実だと馬鹿みたいに思っていたので考察まとめを見て先駆者がいたことに少しがっかりはしてしまったけれど、
自分と同じことに気づき、行動を起こした同志が他にもいることを知って、同時にそれがもの凄くうれしかった。
けいおん!は別に作中で舞台を明言してはいなかったように思うけれど、京都アニメーションが制作していることもあってか背景画には京都の実在する風景がモデルになっているようだった。

そしてこのときに初めて「聖地巡礼」という言葉を知ったのだった。

#聖地巡礼による現実逃避

僕は京都を自転車で走り回り、けいおん!の面影を探すことをすぐに始めた。
作中に電車のシーンがあれば線路沿いを片っ端から走って同じ路線を闇雲に探し、
橋を渡るシーンがあれば川沿いをしらみつぶしに、アニメとの共通点を探した。

つまりそれらは、すでに特定されている聖地に赴く答え合わせ的な観光ではなく、
まだ未発見の聖地を自分が見つけ出すための旅だった。

当時はまだ今ほど聖地巡礼の文化が強くもなく、加えてアニメも放送がされたばかりだったこともあり、
先駆者たちにも特定できていないシーンがまだ沢山あったのだった。
とにかく一番に見つけ出したかった。
その景色にギー太を担ぐ平沢唯の背中を見つけたかった。
巡礼行為はエンドユーザーである自分がアニメの中の世界に関われる唯一の方法のように思え、のめり込んでいった。

でもそれらの巡礼行為は、当時の自身からの現実逃避だったのかもしれない。
大人とも子供ともいえない不安定な年齢だった中、家庭の問題とか、進路の問題とか、そういう目先の現実から逃げたかった。
俗世の倫理や社会通念に縛られない自由な2次元の世界に行って、そこで日常を暮らしたかった。
それが叶わないことを解りながらも、分かることはできず、自転車のペダルを毎日漕ぎ続けた。

そう、それは祈りだった。
あぁそうか、だから聖地なんだ。巡礼なんだ。
これは聖なる存在に接近するための行為であり、一時的な儀礼なんだ。
だとするなら、きっとこれを続けても2次元にはいけないのだろう。

だって朝8時前の白川通りでいくら待っても
パンを咥えた平沢唯は走ってこなかった。

だから僕はもう俗世に帰らなければならないと、この時に悟ったのだった。

#俗空間への復帰

やがて巡礼行為も自分の中で落ち着きを得始め、アニメ後半は純粋にアニメを楽しんでいた。
アニメをアニメとして楽しめるようになっていた。

そして最終12話。(厳密には番外編があるので最終前話)
その12話で、主人公が学園祭ライブ当日にギターを家に忘れてしまい、ライブが始まってしまっている中で急いで取りに帰る流れがある。
その道中で主人公が滑って転びそうになるのだが、なんとか転ばすに踏ん張って前へ進むシーンがあった。
これ1話にも同じカメラアングルの同じシーンがあって、その時は踏ん張れずにあっけなく転んでしまうのだが、12話では転ばずに踏ん張って前へ進むという成長を表した対比なのだった。
ずっと前のワンシーンとの対比なのだけれど、そのシーンを自分が覚えていないはずがなかった。
だって、巡礼のために何度も何度も何度も、本当に何度も見返した1話なのだ。

聖地の手がかりを得るために何百回も一時停止して、どんなに細かい背景描写も見逃さず手がかりと成り得るものを必死に探して、時には液晶に付いた汚れを背景描写と見間違えたりしながら、そうやって見尽くした1話なのだ。

そんな1話との対比シーンを見たとき、自分の中に呼び名のない感情が乱れ、
巡礼行為の日々が想起された。

用もなく新京極のJEUGIA三条本店に通った日々を。
松ヶ崎橋で平沢唯が撫でた白猫を探した日々を。
修学院駅でデオ720形を待ち続けた日々を。
河川敷を走りながら玉砕でひゅふぃごー!した日々を。
平沢唯が走ってくるのを白川通りで待ち続けた日々を。

そんな3か月間の日々が頭の中でリフレインされ、もうテレビ画面が観れなかった。

やっぱり嫌だよ。
ほんとは2次元に生きたい。
なにも起こらないその日常に僕も埋もれさせてくれ。
こんな俗世にいたくない。
帰ってきたくなんてなかった。
戻らせてくれ。
頼む。


・・
・・・

そしてそんな自分を諭すように、
1話でも走った通学路を再び走りながらアニメの中で
以下のようにモノローグが続くのである。


そういえば、入学式の時もこの道を走った
なにかしなきゃって思いながら
なにをすればいいんだろうっておもいながら
このまま……
大人になっちゃうのかなって思いながら
ねぇわたし あの頃の私
心配しなくていいよ
すぐ見つかるから
私にもできることが
夢中になれることが
大切な大切な大切な場所が

 

主人公がそう言うのである。
平沢唯がそう言うのである。
僕が必死で探して走った聖地と同じ場所を平沢唯が走りながら、
僕がなにかしなきゃと思いながら現実逃避で探した場所を走りながら、
その私に心配しなくてもいいよと言うのである。
俗世に帰った僕に「心配しなくていい」というのである。

作中のその台詞の「私」はもちろん僕ではなく過去の主人公自身を指しているわけなのだけれど、
聖地巡礼によって実存性を得た自分にとって、それらの言葉を自分自身への言葉へと変換することなど、あまりに容易かった。
その中で語られる言葉は、完全に僕への言葉で違いがなかった。

#京都秘封ランドスケープ発足

しかし、「心配しなくていいよ」と言われても、主人公が見つけた夢中になれることを僕は見つけていなかった。でも夢中になれることなんて探そうとして探すものでもないように思う。
だから僕は代わりに、このとき一つだけ目標を立てた。
それは、こんなにも素晴らしい感動をくれたアニメと聖地巡礼にあやかって、
「巡礼者を生み出すような作品を自分も世に出すこと」

その目標は、アニメに感動して突発的に立てた勢いだけの目標であって、
そんな目標を立てたことすらけいおん!の話を再びするまで忘れていたのだけれど、
今になって改めてみれば、いつの間にかその目標は達成されていた。
けいおん!の放送が終了した19日後に始めた「京都秘封ランドスケープ」によって、
実績は解除されていた。


↑画像クリックで京都秘封ランドスケープまとめページへ

本当に心配しなくてもよかった。
平沢唯の言ったとおりだった。

昔思い描いた理想の自分は確かにもっとカッコよかった気がするし、
今だってなんの面白味もない人生を惰性で生きているように思えるけれど、
その実目標とか理想とか、そういうものは案外着々と達成できていて、
忘れているだけで理想の自分へと積み重なっているのかもしれないと、
こんな人生も案外悪くないと、そうおもった。

長くなってしまいました。
ここまで読んでくださった方がいるかわかりませんが、
読んでくださった方はありがとうございます。

文:心太

hmrnuk

ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm7613583

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